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@hiromi_mi@mblg.hiromi-mi.jp KKC だけ先に出そうかなと思いはじめた. IBus にInput Method を追加しても明示的操作が必要になる問題があり躊躇していたが、既にバグ報告がされていた。

GNU bug report logs - #35610 Freshly installed IBus intput method is not listed as an input source https://debbugs.gnu.org/cgi/bugreport.cgi?bug=35610

(なんとなく Arch Linux などでは ibus と Anthy が同一ディレクトリにインストールされるのでキャッシュクリアが行われるものの、Guix では別々のディレクトリに入るから手動で行わないといけないのではと思っている、ソースコード確認してもよいかも)

ただ、#Guix のユーザー環境変数 LIBKKC_DATA_PATH をパッケージ側から自動的に指定したいのだけれど、指定する方法が分からずにいてまだ出せないでいる.

hiromi_mi boosted

ちょっと裏がとれてないんで記憶に頼って書くけど,X-windowはバークレイ方面では大人気で後にSystemV系の商用UNIXでも使われるようになったけど,確か初期には,商用UNIXでは「大文字4文字のなんとか」を筆頭にwindowシステムを独自に載せていたのが多くて,実はNEWSからも使えたはず。
……当時のNEWSの紙のカタログに載っていたはず!手塚さんだっけ?SONYのNEWSの開発者の1人がラップトップ(にしては超大型)のNEWSかかえてこっち見て微笑んでいるあのカタログ。

hiromi_mi boosted

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あたし業界人ではなかったし,IPリーチャブル(って表現がまじにあった)でなかったからあれだけど,接続先ftpサーバーの全リストを取ってくるって思想自体がなかったと思うなあ。ftpだとファイルのありかを明示するのが当たり前だったって印象です。
なんたって,fjなんかでも「帯域使うな!署名は2行まで!」なんて言われていて,データの送受信を最小限にしようって話がありましたから。
UNIX機を公衆電話回線で接続するモデムとしてトレイルブレイザーって機種があって高速だとされていたけど,それでも20kbpsだったことに注意が必要。
……ちなみに後日家にも来たけど,その時には国産モデムが38.4kbps出すようになっていたので,日経MIXのlisp/gc会議で「今さらトレイルブレイザーなの?」って言われていたけど,だってほしかったんだもん……と。
ちなみにさすがに情報提供はgopherではなくwwwにはなっていたけど,電子メールでコマンド送ると,結果を返すってサービスは普通にありましたね。(ソフトバンクの「電子メールの王様」って本はそういう時期の末期の状況を示した本です。)

$ ls -lR の結果を入力に、その中のディレクトリやファイル一覧を階層構造で示すファイルマネージャを探しているのですが、見あたらずにいます。

背景:

先日教えられた Think GNU を読み調べているうちに、ftp://ftp.sra.co.jp/pub/ なる公開FTPサーバーを知りました。ReadMe に ls-lR.Z という ftp サーバーの ls -lR の結果を保存したファイルがあり、(サーバーの負荷軽減のために)毎度FTP でたぐるのでなく ls-lR を読むのが好ましいです。ただ伸張すると 133MB もあり直接読むのは難しく、当時の方はどのようにされていたのかなという思いです。

ftp.sra.co.jp を少し探してみただけでも、 「JUNET 利用の手引」のTeX ファイルなど、当時を知らない身としては新鮮な内容を見つけて、当時の様相が垣間見えるのではと考えています。

hiromi_mi boosted

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FSFのOS的な目標は元々マイクロカーネルのMachで動くHurdってサーバー群だったはずで(加えてオリジナルのハードウェア……そう,完全にFreeな世界を構築したかったのよ。)それが未完のOS Mach,永遠の課題Hurdになりそうだったんで,現実に今日したのがLinux(debian)への接近だという次第。
……コア部分は絶対に譲らないリーナスによく接近したなと思う私は,やはし頭がかたいんだろうな~。

hiromi_mi boosted

FSFが基盤としてdebianに接近して,debian GNU Linuxと称し始めたのは,私の中ではだいぶ後の時代って認識があります。
UNIXでもSystem V系と対立するバークレーの連中のいわゆるBSDのメンバーの方だよね。(今裏取ったけど,RMSはやはしMIT在籍中にGNUはじめている。)
余談だけど,SONYのNEWSが画期的だったのは,当時の商用UNIXはたいていSystem V系だったのに,そこより1桁以上は安い機械をCPUは68系,OSはNews-OSと言いつつバークレイ系で出したところなんだよね。(最終段階ではMIPS使うのはいいとしてSystemVに寄せたはずだけど,そのころには,AT互換機でフルサイズのBSD系OS入れられるようになっていたし,8万円程度でサポート付きのBSDも提供されていたという。(あたしがBSDに寄っているのもこのあたりの事情だし,おごちゃんは既にlinux推しだったし。)